お知らせ
大正時代の翡翠
このお話は、まだ現在進行形で続いているのですが
ひとまず今日までのところを、書かせてください。
ひいおばあさまから、おばあさまへ。
そして今、お客様のもとへ受け継がれてきた
翡翠のリングのご相談でした。
お客様から伺ったお話と、私なりの推測とが混じっておりますが、
当時に思いを馳せる時間は、それはもう、わくわくするものでした。
——
大正期の横浜。
貿易商だったという、ひいおじいさまの時代に
中国を経て、日本に渡ってきたであろう翡翠。
(おそらくミャンマー原産の翡翠〈ジェダイト〉が
中国で蜘蛛の形に彫られたものだと思われます)
蜘蛛は中国では「吉祥」の象徴。
日本でも「金運・商売繁盛」を意味する縁起物です。
この蜘蛛の翡翠を手に入れたひいおじいさまが、
縁起を担ぎ、ひいおばあさまのために
日本で誂えた指輪だったのではないでしょうか。♡
——
石を支えていたのは、
大正〜昭和初期の和製アール・デコを代表する
「千本透かし」という技法。
極細の地金を、糸鋸で手作業で透かしていく技法で、
現在ではほぼ作られていません。
刻印は「Pm」。
大正後期〜昭和初期に、日本で使われていた
プラチナの表記です。
その後、ひいおばあさまから譲られたこのリングを
おばあさまはいつも身につけていらしたそうで、
お客様もその姿をよく覚えていらっしゃるとのこと。
——
長い時を経て、歪みや変色が生じ、
石にもぐらつきが見られる状態でした。
それでも、
「おばあさまの思い出のあるこの翡翠を、
もう一度身につけられるように」
そんな想いから、
この度【Talisman】リングへと生まれ変わることに。
金色の地金が、翡翠の緑をいっそう引き立てます。
1920年代前後に
ミャンマー、中国、日本と旅をした翡翠が、
約100年の時を経て、
タイのお守り〈プラクルアン〉の手彫りと出会いました。
——
そして、千本透かしのプラチナの土台。
潰してしまうには、あまりにも惜しく、
「もう一度、蘇らせる」ご提案を
させていただくことにしました。
インドの職人が石の裏に手彫りを施した
グリーンアメシストを載せてみると——
千本透かし越しに光が透けて、
とても美しくなりそうなのです。
お客様も「ぜひ!」とのことで、
再びこのプラチナリングをお預かりしました。
ここまでが、今日までのお話です。
ご依頼ありがとうございました🙏
Design:【Talisman】タイのお守り・プラクルアンの手彫り
Material:K10
🫏🫏POP UP & オーダー相談会 🫏🫏
横浜高島屋 5F
2/18(水)-2/24(火)
10:00-20:00(最終日は18:00まで)
セミオーダーのご相談も承ります。
どうぞお気軽にお立ち寄りくださいませ😊





